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カウンセリング・精神療法

2011年12月 5日 (月)

カウンセリング・精神療法 専門家による似非発達障害宣言に苦言を呈す患者さん

 片づけが苦手(方向音痴)だから自分もプチ発達障害、と発達障害の方に語る医療従事者が少なからずいる。中には本当に発達障害の医療従事者はもいるだろうが、多くは発達障害の方と親近感や信頼感を増そうと思ってこんな事を言う医療従事者も多のではないだろうか。医療だけでなく、福祉や教育の場でもこうした光景は多いのではないだろうか。先日もそんな事を講演会で言っていた大學の講師がいた。

 最近、入院中の複数の発達障害の方が、こうした医療従事者による『似非発達障害宣言』が苦痛であると語る。片づけが苦手(方向音痴)だけで発達障害って軽々しく口にして欲しくない、発達障害はそんなものではない。定型発達の人が普通に出来る事でも工夫や努力が要る。今まで症状の辛さを聞こうとしたこともない等々。訴えは尽きない。

 発達障害宣言をするなら症状から日頃の苦労や努力が見えるようになってからにして欲しい、と思う私。

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2011年7月11日 (月)

カウンセリング・精神療法 小難しいセッション

 小難しいセッションややたら厳しい事を要求するセッションは、発達障害の患者さんにとっては反治療的になるかもしれない。そうしたセッションからドロップアウトしてしまう患者さん達は、話を理解出来ない事や要求を満たせなかった事で、やっぱり私はダメ、と考えがち。それでも、精神科医や臨床心理士が有効と考えるから…、とセッションを好意的に受け取り、更なるストレスを溜め込む。

 正直に言ってくれないとわからないので、伝えられそうなら伝えて欲しいのですが、なかなか伝えられないのが現実。中には、心の専門家なので、何も言わなくても分かってくれると思っている人もいる。そんな事は有り得ません。念のため。

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2011年4月13日 (水)

カウンセリング・精神療法 自分を落ち着かせるための呼吸法

 イラッとした時、パニックを起こしそうな時、不安に襲われた時、深呼吸をしてリラックスすると良い、と聞いたことはありませんか???。専門家が読む文献の中にも、こうした対応が有効、と紹介されている事があります。

 数年前まで、私も、ゆっくり、深く、お腹を使った深呼吸が有効です、と患者さんに紹介した事がありました。某医大の精神科医から、(患者さんに)過呼吸発作を起させるつもりか、なんてフィードバックを受けました。

 イラッとした時、パニックを起こしそうな時、不安に襲われた時、呼吸は浅く早くなって十分酸素を取り込めなくなってしまうので脳の機能が低下してしまうのでゆっくり、深く、お腹を使った呼吸法は有効なのでは???、専門書の中にもこうした呼吸法が有効だと書いてある事なのに感じ悪いなぁ~、と思いましたが、その通りにするようにしました。

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2011年3月15日 (火)

カウンセリング・精神療法 被災者へのインタビューとディブリーフィング(Debriefing)

 東北・関東大震災が発生して、数日が過ぎた。TVでは、昼夜を問わず特番が組まれた。当初は、津波、火事、災害の傷跡が残る被災地、原発の事故が中継された。そして、徐々に被災者が画面に晒されるようになってきた。容赦なく津波で受けた心の傷を聞き出そうとする取材記者。容赦はない。

 3月13日夜、TV朝日系列で古館一郎アナがアンカーを務めた地震特番での被災地中継は酷かった。避難途中に迫り来る津波に連合いをさらわれた被災者と最初に紹介した。その上で、被災者は状況を語り、最後に、(一緒に逃げていたのに)振り返ったらいなかった、と言う言葉で結んだ。しかし、取材記者は被災者に追い討ちをかけるように、どうなったんですか、と明確化を迫った。泣き崩れる被災者。

 そこまで明確化しなければいけなかったのか???。わざわざ言わせるまでもなく、想像はつきそうなものだが、この取材記者は分からなかったのか???。ディブリーフィング(Debriefing)のつもりだったのか???

 この行為が心の傷をえぐるような行為にしか見えなかった。

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2011年3月 2日 (水)

発達障害 動機付け面接

 多くの場合、発達障害は、他者との関係の中で問題を抱える。発達特性により周りとの間にズレが生じ、問題化する事で溝を深めて行く。本人が気付かない事も多く、周りから不当な扱いをされていると訴える人は少なくない。原因があっての結果なのに、そこが結びつかない為、自分以外に原因を求める事が多いのだ。従って、自分の問題として、状況を何とかしていこうと言う発想が乏しい人がいる。こう言う人の中には周りから、変だから精神科で診て貰え、と言われ渋々受診してくる人が多い。

 そんな人が紹介されると、動機付面接を入れる。しんどさに耳を傾けながら、発達障害は他者との関係の中で問題を抱える。発達特性により周りとの間にズレが生じ、問題化する。自分の問題として、状況を何とかしていこう。その上で環境調整をして行こう、なんて話を丁寧にする。それでも、乗らない人もいる。そんな時は、しんどいなと感じたらいつでもおいで、と伝え、セッションを終了する事もある。案外、こんな関わりが有効な時も多い。お医者さんの診察は継続する中で、何とかしたいと思えて、自ら心理療法を受けたいと意思表示する人もいる。動機が有ると無いとでは、セッションに大きな違いがある。

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2011年3月 1日 (火)

カウンセリング・精神療法 アサーション(assertion)の紹介

 アサーションとは、コミュニケーション・スキルの一つで、自分の事も他者の事も考えるような相互尊重する自己表現のことです。言葉だけでなく、それ以外(非言語)の表現が合さって有効に機能します。非言語的な表現とは、視線・表情・姿勢・動作・対人距離・身体接触の仕方等の視覚的なもの、声の大きさ・話の流暢さ・速度・テンポ・明確さ・反応のタイミング等の聴覚的なものがあります。これらは、情緒的な表現場面で大きく影響を与えます。

アサーション理論に基づきコミュニケーションを分けてみる。
●攻撃的(アグレッシブ)
 自分の事だけを考え、他者を踏み躙る表現。
 私はOK、あなたはNot OK。
●非主張的(ノンアサーティブ)
 他者を優先し、自分の事を後回しにする表現。
 私はNot OK、あなたはOK。
●アサーティブ
 自分の事も、他者の事も考える表現。
 私はOK、あなたもOK。

 コミュニケーションのタイプを具体的に示してみたいと思います。ちょこっとこんな場面を思い浮かべてみて下さい。
『或る病院○○科の待合室。連休明けなので患者さんで溢れかえっています。診察室は4つあり4人の先生が診察をしています。一番手前の診察室の前で待っています。なかなか自分の名前は呼ばれません。他の診察室の患者さんはどんどん呼ばれています。自分より後から受付した人までも呼ばれています』

Aさんの看護師に対する関わり。
 ずっと待っているのに、全く名前を呼ばれない。どう言うつもりでおるんや。こっちは困っているから早くから来て待っているのに。他人事と思って、とろとろ仕事をしてもらったら困る(言いたい事を思いっきり吐き出してすっきりのAさん。しかし、Aさんがいなくなってから看護師が、あんな言い方はないよね、とぶつぶつこぼす)。

Bさんの看護師に対する関わり。
 (早くして欲しいと思っているが、)連休明けだから込んでいるので、呼ばれなくても仕方がないですね(そんな事を言いつつ、陰で文句を言うBさん)。

Cさんのの看護師に対する関わり。
 連休明けで病院に患者が殺到して忙しいのは分かります。ただ、他の診察室はトントン拍子で診察が進んでいるのに、この診察室だけな患者さんが呼ばれないので、もう少し早くして頂けると嬉しいです。

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2011年2月10日 (木)

カウンセリング・精神療法 情報は沢山あれば良い訳ではない

 情報は多ければ多い程、相手にとって分かりやすい、沢山の情報を伝えた方が間違いがない、と考える人がいる。しかし、多く伝えようとすればする程、情報伝達時間は長くなり、回りくどくなる。

 そんな話を聞かされる側は、どんな気持ちになるか推測出来ますよね。

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2011年1月25日 (火)

発達障害者へのアプローチ法

 発達障害の場合、興味や関心の志向性のに問題を孕むケースが少なくない。その為、興味や関心にチャンネルを合わせ、患者さんがこちらに出て来るのを待つアプローチが大切だ。しかし、いつになったら出て来るか分からない。待つのは時間も忍耐もいる。

 チャンネルを合わせあげたから出てこい、診てやるからこちらに合わせろでは、難しい。効率を優先すればするほど、関わりは上手くいかなくなる。しかし、関係が出来上がってくると、とても遣りやすくなる。興味や関心にチャンネルを合わせ、患者さんがこちらに出て来るのを待つアプローチは、関係を築く為の基礎工事のようなものだ。

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2011年1月15日 (土)

カウンセリング・精神療法 どんな風に良くなっていくの???

 病気の症状って一体何なの???。
 どんな風に良くなっていくの???
 このしんどさっていつまで続くの???
 どの位、良くなっているの???
 治るってどんな事???

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2010年11月16日 (火)

カウンセリング・精神療法 セッションの中止を宣言されて…

 全ての患者さんに合う精神科医や臨床心理士は存在しない。また、全ての患者さんに合わない精神科医や臨床心理士も存在しない。合う、合わないは、患者さん夫々に違う。とても評判が良い精神科医なのに全く合わなかったなんて話も耳にするし、最悪なんて囁かれているのに物凄く良かったなんて話しも聞く。

 合わないと感じている精神科医や臨床心理士から長々と治療を受けるのは、私は治療的でないと考えている。時にそういう状態を、害毒であるとか、人災とか呼んでいる。そして、インテーク(初回セッション)の段階で、もしも合わないと感じることが続くようなら中止を申し出て欲しいと言う事にしている。直接言い難ければ、リファーした精神科医に申し出て欲しいと話す事にしている。多いのか少ないかは計り知れないが、年に1度あるかないかの割合で、中止の申し出がある。申し出があった時は、申し出る事が出来た事を嬉しく思う反面、正直言って良い気持ちになれないのも事実。

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2010年11月 2日 (火)

カウンセリング・精神療法 もしかしてボーダー???

 もしかしてボーダー???

 発達障害バブルの昨今、とても懐かしい響きである。言わなくなったよな。最後に聞いたのは、さて何年前の事だろう。確か、医療機関でB.P.D.(Borderline Personality Disorder)が話題になっていたボーダーバブルの頃。私の中ではとっくに死語の範疇。

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2010年10月 5日 (火)

カウンセリング・精神療法 ニワトリが先か???、卵が先か???

 ニワトリが先か、卵が先か、なんて論争がある。事実は一つではなく複数かも知れないけれど、考え方次第で色々な解釈って出来るよな、と思う。しかし、反面、どっちが先なんだろうね、なんて答を求めようとしたりする。答がでると、すっきりするから。

 そんな論争であったが、先頃、終止符が打たれることになった。ニワトリが先らしい。最新のテクノロジーを駆使しての結果らしい。呆気ない幕切れ。

 こんなニュースを聞き、以前、この言い回しが大好きだった患者さんの事を思い出した。

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2010年7月 4日 (日)

カウンセリング・精神療法 迂闊にものが言えない

 某駅近くにある皮膚科に子供を連れて行った時の事。

 診察室に通されると年老いた医者が、今日はどうしたんだ、と言う。初対面なのになんてデリカシーのない医者何だろう、と思いつつ、診てもらうのだから我慢我慢、と言い聞かせ、飛び火をもらってしまったみたいです、と伝える。すると、医者でもないのにどうして飛び火だと分かるのか、と不機嫌そうに言う。飛び火が保育所で流行っているので受診するように、と返すと、保育所の嘱託の医者が言ったのか、と更に不機嫌そうに言う。医者でない旨を伝えると、診断は医師がするものだ、患者は診断名を口にするな、と言った。

 二度と受診しないでおこうと決めた。

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2010年6月23日 (水)

カウンセリング・精神療法 落とし穴がありそうな会話

 現在、某患者さんは不適応の真っ只中。通所サービスを利用しているものの、建物の中には入る事が出来ない不適応状態が1ヶ月以上続いている。不適応の理由は知らない。私は外来で関わっていないが、面識があるので、これまでなるべく声を掛けるようにしていた。しかし、不適応状態に突入して以降、意図的に無視をされていた。無視される理由は思い当たらない。

 その後、通所サービス施設でスタッフとトラぶった事と「坊主憎いけりゃ袈裟まで憎い」と言う発想で関係者に対し敵意を露にしていた事を知った。まぁ、いつものパターン。この人はこれで好意的に接してくれる人たちを遠ざけてしまっている。症状でこんな状態を招いてしまっているが、痛々しい。

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2010年5月18日 (火)

カウンセリング・精神療法 主治医(カウンセラー)を変えてくれなんて言えない

 主治医(カウンセラー)を変えてくれなんて言えない。だって、失礼だし、先生に悪いぢゃん。

 こんな気持ちを持っている患者さんは少なくはない。そして、自分の口から変わって欲しいと言わずに、他の大勢の人に、変えて貰うにはどうしたらいいのか、なんて相談する人も案外多いのではないだろうか。

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2010年3月 3日 (水)

カウンセリング・精神療法 言った、言わない

 発達障害の患者さんやその家族を相手に話をすると、話の内容を捉え違いされてしまう事が時々ある。後になって、言った、言わない、と言う展開になる。これは私に限った事ではなく、それなりに臨床をしている専門家であれば経験している事だと思う。

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2010年2月23日 (火)

カウンセリング・精神療法 あなたの為を思って…

 大切なあなたの為を思って(あなたが大切だから)、敢えて厳しい(嫌な)事を言っている(してる)のよ、と言って子供を叱る(怒る)親は少ない。

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2010年1月28日 (木)

カウンセリング・精神療法 話し損ねた話は次回に

 セッションでの小一時間ばかりの間に話したいこと全てを話すのは無理な話だ。時間的な制約もさることながら、都合良く話が出て来る訳ではない。また、忘れてしまう事もあるし、話の途中に本題から外れてしまう事もある。そんな訳で、話し損ねた話は次回に、と伝える事にしている。

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2010年1月21日 (木)

訪問 底なし沼の家

 発達障害の患者さんの支援として訪問を積極的にしていたら、有効である事に気付きました。そして今では、業務の中の1/5位が訪問。持つべきものは国家資格です。精神保健福祉士であるために訪問すると保険請求が出来ることが強みです。臨床心理士の資格だとそうはいきません。

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2009年12月10日 (木)

カウンセリング・精神療法 口に出せない思い

 頼む!!!、ようやく安定したんやから、私が関わっている患者さんに余計な刺激を入れんといてくれる!!!。

 精神科医、ある時はコメディカル、またある時は他の患者さん、またまたある時は患者さんの家族に対してこんな事を思うことがある。口に出す事はしないけれど、心の中で思う。

 まぁ思うだけ思って、成り行きに任せます。すると、暫くしたら、こってり忘れてしまいます。

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2009年11月30日 (月)

某学会ワークショップにて 時間にルーズなんだよな

 某学会のワークショップに参加しました。話題が発達障害と言う事もあって、参加者が今までで最高を記録したそうだ。さすが、発達障害バブルだけある。

 毎度の事だが、最初に基調講演と言うのがある。今回も始まりが遅れた。主催者の不手際と参加者のだらしなさのコラボだ。遅れるのは恒例である。もう誰もが慣れっこになっている。某精神分析医であれば、遅れた原因を作る人達に対して、あなたの所為で大勢の人が犠牲になっている、と気持ちよく叱り飛ばすのだが…

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2009年11月29日 (日)

カウンセリング・精神療法 発達障害の人達とばかり関わっていたら…

 今、カウンセリングや心理療法を1日に7ケースは行っている。殆どが発達障害の患者さん。朝、8時から夕方の5時まで、途切れることはない。予約時間になると心理室に患者さんが次々と尋ねてくる。これだけこってり関わっているので、職場で医療スタッフより発達障害の患者さんたちと話をしている時間の方が圧倒的に長くなってしまっている。そのお陰で、発達障害の事にはとても詳しくなったんですが…

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2009年8月24日 (月)

カウンセリング・精神療法 魔の刻

 朝からびっしり心理のセッションが詰まっている日は、6~7セッション目位に当たる14時30分から私の疲れが最高潮に達する。セッションの最中に容赦なく睡魔が襲い掛かってくる。本当に辛い辛い魔の刻。殆ど効果はないけれど、テーブルの陰で太腿を抓りながら必死に耐えている。患者さんに悟られていなきゃ良いけれど、と思いながら。

2009年8月17日 (月)

カウンセリング・精神療法 大切なのは、出来た事によく頑張ったねの一言

 出来ないことを出来るようにさせようとすると、何とかしたいと言う意気込みからついつい力が入ってしまいます。そんな状態で、頑張れ、頑張れ、と叱咤激励をしても、どうにもこうにも、相手の意欲を削いだり、やる気を萎えさせたりする結果を導き出してします。言われる側は、もう声を聞くだけでうんざりしてしまい、話の内容に耳を傾ける前に声をシャットアウトしてしまいたくなります。そんな素振りを見て更に熱くなってしまうと、相手に伝えたい事は更に伝わりにくくなってしまいます。

 納得と共感が生まれないと、人のモチベーションは高まらない事が判ってきています。

 出来ない事を、頑張れ、頑張れ、と叱咤激励しても、納得と共感はなかなか生まれません。出来ないことを出来るようにさせたい、と言う周囲の思いは十分に理解出来ます。でも、そんな時は、出来た事に対し、よく頑張ったね、と言った方が、納得と共感が生じモチベーションは高くなるものです。

 そんなの当然ぢゃん、と仰る方もいらっしゃると思いますが、分かっちゃいるけど上手く出来ないと言うものでもあります。

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2009年7月21日 (火)

発達障害 目標設定の第一歩

 目標と言うものは、出来ない事が出来るようにするようにする為のものだと考えている人達がいる。それは、家族であったり、専門家であったりする。その為、実現不可能な目標が打ち立てられたりすることがある。確かに出来ない事が出来るようになれば良いに越した事はない。しかし、何度も失敗を繰り返し学習性無力感が生じてしまっている発達障害者にしてみれば、出来ない事を出来るようにする目標はしんどい。
 彼等は、子どもの頃から達成が不可能を目標の達成を要求され、努力を要求されているが多い。そして、どうせ取り組んでも上手く行かないと言う諦めの見通しを持ってしまう。更に、エスカレートし、十分に出来る事でさえも、どうせ取り組んでも上手く行かないと言う諦めの見通しを持ってしまっている事が多い。

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2009年6月 6日 (土)

カウンセリング・精神療法 トラウマ(心的外傷)の定義

 実は、トラウマ(心的外傷)の定義って、明確な定義と言うものがない。それ故、立場によって微妙に異なっている。一般的には、トラウマは、原因となる出来事や状態が過ぎ去ってしまった後も持続的な苦痛や不快を齎すものとされている(因みに、ストレスは、一過性の不快な状態とされている)。ただ、こんな定義だと、とても漠然としてしまう。

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2009年5月29日 (金)

臨床心理士 評判の高い臨床家の姿勢ってこんな感じ。

 患者さんから学んだ事を患者さんに返すのが臨床現場での基本なのかなぁ。決して大学院で習った事を患者さんに教える訳ではない。如何に患者さんから学ぶか、その技術は臨床経験(自分用にチューンナップされた知識)とセンスによるところが大きいかも。そして、患者さんから学んだ事と専門教育を通して学んだ事と臨床経験を融合させ、分かり易く患者さんに返すのが良い臨床家なのかもしれません。

【関連blog】
 現在の臨床心理士養成カリキュラムにおける問題点
 臨床心理士になりたい人へ(学歴編)
 臨床心理士の養成について

2009年5月26日 (火)

カウンセリング・精神療法 ポジティブなフィードバックがネガティブなフィードバックに

 ポジティブなフィードバックを行う際に気をつけないといけない事がある。ポジティブなフィードバックを行う事が必ずしも適応的な行動を強化するとは限らないのだ。案外、ポジティブなフィードバックを行えば適応的な行動を強化されるものだと信じている治療者は多い。しかし、ポジティブなフィードバックを行う事が反って、治療者が強化しようと考えている適応的な行動を思い止まらせようとさせてしまう事がある。

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2009年5月24日 (日)

カウンセリング・精神療法 思い込みが実現してしまう現象

 自分は周囲の人に舐められている、と思い込んでいる人がいる。物事が上手くいかないと、いつも口癖のように、自分は頼りないから舐められる、と口にする。その姿は、どんどん自己評価を下げるために自己暗示をかけるかのようだ。今では、人だけでなく生き物からも舐められている、と思うようになっている。本当はなめられたくない、って思っているのに皮肉なものです。

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2009年5月11日 (月)

カウンセリング・精神療法 イギリスの優れた認知行動療法セラピストの条件

 イギリスでは、うつ病と不安性障害で2兆5000億円もの経済損失があるため、2007年から有効な治療法であるとされている認知行動療法セラピストを国策で養成しています。その数、7年で1万人。物凄い数のセラピストを養成する計画です。
 こんな話題が、2009年2月22日にNHKスペシャル『うつ』で放映されてから、日本でも認知行動療法に対する期待~幻想が高まっています。

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2009年4月27日 (月)

発達障害 納得のいく医療

 症状が改善されもう半年以上になるので減薬をして欲しいと頼んだのに主治医が減薬をしてくれない、と言う成人の発達障害者やその家族からの訴えはよくあります。

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2009年4月22日 (水)

カウンセリング・精神療法 臨床心理士が記す紹介状

 転居や退院後の通院困難等のやむを得ない事情により他の医療機関に移る患者さんが時々いる。移った先でもカウンセリングや心理療法を継続したいと考えている人は比較的に多い。そして、その内の多くが、効果を実感したので、出来れば継続した技法や治療目標が良い、と希望する。

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2009年4月 9日 (木)

カウンセリング・精神療法 大プリニウスの言葉

 ローマ帝国が栄えていた頃、大プリニウス(Gaius Plinius Secundus//23~79)と言う人がいました。植物学の祖として後世に名を残した人だそうです。この人が残した言葉に次のような言葉があります。

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2009年4月 8日 (水)

カウンセリング・精神療法 認知行動療法が出来る臨床心理士を知りませんか???

 傾聴がカウンセリングだと信じている人は多い。精神科医や臨床心理士の中にも傾聴こそカウンセリングだなんて信じている人がいる。日本にカウンセリングの技法が入ってきた時に、傾聴することがカウンセリング、って感じになってしまったんですね。

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2009年4月 5日 (日)

発達障害 重ね着症候群(layered-cloths syndrome)診断

重ね着症候群(layered-cloths syndrome)
 
重ね着症候群には、前景に種々の精神症状が存在する。背景にある発達障害の障害の程度が軽いことが多いので、発達障害の存在に気付き難い。更に、小児期に発見されていないため、症状は複雑になっており、診断基準のクライテリアを満していない事が多い。つまり、発達障害による脳の機能の障害は、部分的で特異的なものになる。従って、診断基準に依存する発達障害治療の経験が乏しい治療者の場合、診断の際、発達障害を除外してしまうことが多い。

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2009年4月 3日 (金)

発達障害 治療者の無配慮

 発達障害の患者さんは、治療場面で状態を具体的、的確に伝えるのが苦手な人が多い。また、緊張したり、話が脱線して大切な事を伝えるのに時間が掛かってしまい、時間終了となって伝え損なってしまう事も多い。伝え損なうのを防ぐために伝える事を事前にメモしていっても、伝え損なってしまう事がある。意気込めば意気込むほど、脳が誤作動を起こしてしまって上手く行かない。なかなか厄介。そして、治療終了後、思いを伝え損なったと落胆しながら帰路につく、と言う話はよくあることだ。お気の毒様。

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2009年4月 1日 (水)

カウンセリング・精神療法 セラピストの技術を競うセラピーバトルなんかあったらいいかもね

 個人・集団治療を受けている患者さんの担当を力量の乏しいセラピストが受け持つ事になった時、仲間内で、患者さんが審査員を務めてセラピストが治療の腕を競い合うセラピーバトルなんてあったらセラピストの力量がはっきりくっきり示されたら良い、なんて皮肉を込めて言う事があります。不謹慎だとは思いますが、セラピスト選びは症状の予後に大きく影響を与えるから、一定の力量は必要だと思います。

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2009年3月27日 (金)

カウンセリング・精神療法 アルツハイマー病の認知機能改善の為の短期心理療法

 数ヶ月前、アルツハイマー病の認知機能改善と家庭内適応の改善目的で、短期心理療法の依頼が来た。患者さんの年齢、81歳。

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2009年3月20日 (金)

カウンセリング・精神療法 脳の情報蓄積について

 入力は入力のみ。
 出力は出力+再入力。

 知識や情報を活用(出力)することは
 再入力されることとなり、
 知識や情報をしっかり保持することに繋がる。
 知識や情報の残存率が上がっていく。

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2009年3月16日 (月)

カウンセリング・精神療法 臨床の中で用いるフィードバックについて

 普段、セッションの中でフィードバックと言う言葉を多用する私であるが、フィードバックって何、と聞かれることがある。そんな時、こんな風に説明する事にしている。

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2009年1月28日 (水)

カウンセリング・精神療法 Now & hereの対応???、それともHere & nowの対応???

 Now & here(今ここで)の対応、若しくは、Here & now(ここで今)の対応とは、問題が起こった時その場で対応することを言います。問題が起こった時に、介入しないと問題ってこじれて治療に差し支えてしまうことがあります。

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2008年10月19日 (日)

発達障害 何だか嬉しい言葉を頂く

 治り方のノウハウを求めた。しかし、それは存在しなかった。outlandos先生とハウツーを考えることが大きかった。一緒に考えて貰っているのが嬉しかった。outlandos先生が悩むのを見て、自分の抱える問題って、outlandos先生も対処に困るくらい大変なもんだと思えた。最初は、outlandos先生ばかりが知恵を絞りだす。そして、自分が試し上手くいった。悔しいけれど…。その内、自分でも知恵が絞り出せるようになった。そして、試した。上手くいった。コツを掴みさえすれば、自分にも出来るんだと思った。問題が起きる。何とか乗り越える。目立つ問題から目立ち難い問題へと扱える問題が増えた。コントロール出来る実感が持てた。

 outlandos先生は言う。基本になる考え方を育てていくことが大切。それは、自分の問題として考える姿勢や如何に工夫するかだと言う。セッションの中で、具体的に考え方が提示される。ああこう言うことをすれば良いのか。分かった感じがした。いきなり、それだけを言われても分からなかっただろう、具体的に示して貰わなければ…。やっぱり、一緒にトレーニングに付き合ってもらってよかった。背負ってきた問題は大きかったが、振り返ってみると、問題はかなり軽くなったように思う。

2008年10月 9日 (木)

カウンセリング・精神療法 遺伝カウンセリング

 皆さん、遺伝カウンセリングって、聞いた事はありませんか。遺伝子関係の医療が物凄いスピードで進んでいる中で生まれてきた新しい領域です。

 一般に、遺伝カウンセリングとは、遺伝性疾患または再発する危険性がある家系の誰かが、遺伝的要因について不安・心配があったり、診断を確定したい場合等に遺伝に関する専門家と様々な相談を行い、情報開示を受け、今後の生き方について相談者自身が自己決定を下すことを支援する対談の過程を指します。そして、特別な訓練を受けた臨床遺伝医が行う医療行為でしたが、昨今、非医師の遺伝カウンセラーの認定資格が出来て、京都大学やお茶の水女子大学等では、非医師の遺伝カウンセラーの育成が始まっています。尚、話を聞いた限りでは、非医師の遺伝カウンセラーのカウンセリング業務は、主に自己決定をしやすくするための情報の提供だそうです。

 つい先日まで、遺伝カウンセリングとは、カウンセリングと言う名前が付いているので、遺伝性疾患を患っている人にカウンセリング(面接)をするものだ程度にしか思っていませんでした。カウンセリングと付くもののこうも違うんですね。活動する領域が異なるので、単に知らなかっただけの話ですが、こんなことも知らずにちょっと小恥ずかしい気分で悶々としていました。

 こんなことを同業者の中で話していたら、自分も、自分も、と言うではありませんか!!!。やっぱり畑違いだから知らなくても当然!!!、と言うことで意見が一致して、一件落着。

2008年10月 7日 (火)

カウンセリング・精神療法 動揺する自分に動揺する

 カウンセリングの経過が順調に進んでいっている人が、一寸した出来事で躓くことがよくある。そして、問題処理に失敗、若しくは、お手上げ状態に陥る。すると、今までカウンセリングを通じて積み上げてきた自信が揺らぎ、症状が再燃するのではないかと言う不安が生じる。これを私は勝手に『動揺する自分に動揺する』と呼んでいる
 
 同時期にカウンセリングを始めて、同じように回復していって、同じように動揺する自分に動揺する。最初は、余りにもタイミングが合い過ぎてびっくりしたが、今では、回復の過程で、動揺する自分に動揺する時期があるのかもしれないなんて思ったりする。これを抜け出せて本当に回復と呼べるのかもしれない。ただ、何回、『動揺する自分に動揺する』のかは判らない。一回の人もいれば、何度も繰り返す人もいる。そして、その都度、「新しい出来事に対して対処技能は歯が立たなかったが、既に身につけた対処技能が失われることがないので大丈夫だ」と伝える。この確認作業は案外効果がある。

 最近では、私が関わっている患者さんには治療の進展具合に合わせて、『動揺する自分に動揺する』状況が起こるかもしれないと伝えることにしている。そして、再発不安が生じてくると、「これが噂の『動揺する自分に動揺する』状態か。来た、来た、来た」って込み上げて来た再発不安を押し戻すんだって…。

2008年10月 6日 (月)

カウンセリング・精神療法 努力をしても必ずしもその努力が報いられないのが嫌

 劇的な変化はないものの以前に比べれば改善しているが、一進一退を繰り返している患者さんがいる。カウンセリングの初期の段階から、もう一押しもう一踏ん張りすれば、ひきこもりのトンネルから抜けそうなのに、努力をしたくない、と言い続けている。努力をしても必ずしもその努力が報いられないのが嫌だ、と言う。そして、自分は何でも出来るので一発逆転出来るチャンスが回ってくるからそれを活かしたい。そんな風に主張する。

 そうこうしている内に、2年が経過。未だチャンスは彼のところに回ってこない。それでも、チャンスを待ち続けている。

 最近、傷つきたくない自分に気付いた。だから、自分は何でも出来る存在だと思いたいのかもしれない。振り返れたのは、大きな進歩だ。今後が楽しみだ。

2008年10月 5日 (日)

カウンセリング・精神療法 ねばならない思考は避けなければならない

 『~ねばならない』とか、『~べきである』って思考は、自分及び自分以外の人・状況に対して、強く要求する思考である。例えば、「私は真面目で在らねばならない」とか、「人は正直であるべきだ」とか、「社会は健全で在るべきだ」等。よく耳にしそうなものだが、実際ここまで強く要求する人は少ないかもしれない。大抵は、「私は真面目でいたいと思う」とか、「人は正直だったら良いなぁ」とか、「社会が健全だと嬉しいなぁ」等とやんわりした表現であったりする。

 ねばならないと決め付けてしまうと、それが実現しないと人の心には不快感情が芽生えてくる。イライラしたり、カッカしたり、不安になったり、こんな感情が生じてくる。そして、自分のモノの考え方でしんどくなるのだ。また、そうした思いが強ければ強いほど、思い通りにならなくなると不快感情が強くなる。

 『~ねばならない』、『~べきである』と言った極端な思考をする人に、こうした考え方の害毒を説明したことがある。そして、その人は、それらが自分を悩ますことに気付いた。そして、『~ねばならない』、『~べきである』思考が生じたら、そうあるべきでなくてはいけないのか、と言う風に疑問を投げかけるトレーニングをした。なかなか疑問を投げかけられずにいた。疑問の投げかけ方が分からないとのことでした。挙句の果てにその人が思いついた結論が、「ねばならない思考は避けなければならない」と言うものだった。やっぱり、上手くいかずにイライラしたようでした。ねばならないと決め付けてしまうと、それが実現しないと人の心には不快感情が芽生えてきますからね。笑い話のように聞こえますが、必死になり過ぎて見えてなかったんですね。

 さて、この人は今では、『~ねばならない』、『~べきである』と言った極端な思考をしないで、柔軟な思考を駆使してセルフ・コントロールしています。そして、当時のことを思い出しては、大笑いされます。

2008年10月 2日 (木)

脳の快適な興奮状態と側坐核

 仕事柄、新しい知見は大切なので学術論文を読まなくてはいけないことがあります。勤務時間内に読む時間はないので、それ以外の時間を使わないといけません。やりたい事が一杯の私にしてみたら、正直言って苦痛です。それでも読んでおかないと困るので時間を作って読む訳です。従って、動機付けは低く、読む気が起こりません。また、テクニカルタームが散りばめられ小難しい言い回しが多用してある文献は、読む気力を確実に奪います。そんな状態で、学術論文を読む気力を奮い立たせるのは大変です。気持ちを切り替えて、切り替わりません。読もうとしてもやる気が起こりません。強制的に読んでも文字は読めますが、内容が頭に入りにくい。

 そんな時、私は脳のウォーミングアップをしてから始めます。読みやすそうな週刊誌や新聞の記事を読むのです。短時間で読み終えることの出来る記事を2~3つ読むのが良いみたいです。それから、学術論文を読みます。すると、摩訶不思議、学術論文が読み易くなる。内容もスラスラと頭の中に入って行きます。

 ホンマかいな、と御思いの方もいるかもしれませんが、これは、短時間で済む簡単な作業をすることによって脳の中に快適な興奮状態(エミール・クレペリンが発見した原理で、『作業興奮』と呼びます)を生じさせ、意欲を生じさせると言う理にかなった方法です。

 脳の機能で説明するとこんな風に説明が出来ます。人間の脳には、側坐核と言う部位があります。大脳辺縁系の中にあり、意欲の発生に大きく関与していると考えられている部位です。短時間で済む簡単な作業をすることで、側坐核が刺激されるので、やる気が芽生えてきます。脳と言うのはある程度活性が高い状態の方が快適に働きます。従って、脳が快適な興奮状態だと、意欲の湧きにくい課題であっても比較的取り組み易くなるのです。ただ、短時間で済む簡単な作業と言っても、日常生活の中で無意識に行っている習慣化された作業をしても快適な興奮状態にはなりません。ご注意を。

 尚、このような脳の仕組みをカウンセリング・精神療法の場で用いる事があります。特に、脳の覚醒レベルが低いと考えられているADDと診断された人で、ある種の訴えをされる人によく用います。周囲の評価は、「効果あり」ですが、当の本人は顕著な変化が現れるまでは「効果なし」と言います。

2008年9月30日 (火)

虐待した本人は虐待をした事を忘れてしまう

ケース①
 私は小学生頃より父親に殴られてばかりだったのに、父親は殴ったことなんて一度もないと言った。それを聞いていた母親が、よく殴っていた、と言ってくれたが、父親はそんなことは覚えていないと言った。その言葉を聞き、ショックだった。

ケース②
 母親の期待に応えられないと、母から言葉の暴力を浴びせられた。しかし、母は自分はそんなひどいことをする訳がないと言った。姉や妹が事実があったと言ってくれたけれど、何かの間違いだと言った。嫌われないように必死に頑張ってきたのに…

 どうやら、虐待した本人は虐待をしていたことを忘れる事があるようだ。最初にこうしたケースに出会った時は、虐待した本人が虐待の事実を忘れるなんて信じられなかったが、今では、そんなものだ、と感じる。結構、こんな事があるんです。その時の感情のみで反応してしまって、単に感情のはけ口になってしまっているだけ。傍から見ていて虐待だと感じても、当の本人は躾や教育だと思い、虐待をしたとは思っていないのである。

 子どもの虐待とは、子どもの心身を傷つけ、健康な発達を阻む全ての行為です。「躾」とか「愛情」とか言う人もいますが、本当の躾や愛情が、子どもを傷つけることはありません。理由や動機がどうであれ、あてはまれば虐待なのです。

2008年9月27日 (土)

カウンセリング・精神療法 一人歩きの性格病

 人格障害と言う診断名は、何やら刺々しい響きがある。そんな訳で、人格障害をやんわり伝えるお医者さんもいる。そんな時に、性格の問題です、なんて言うお医者さんも案外いる。性格の問題です、と言うと何となく診断名がぼやけ、やんわり聞こえる。

 随分昔の話になります。或る人格障害の患者さんと患者家族が、病状説明を受けた時、主治医は、いつものように、性格の問題です、と伝えた上で病状説明を始めた。後からわかった事なのだが、15分程度の話であったが、患者家族は、性格の問題です、と聞いた時点で時間が止まってしまったのです。性格の問題、と言う言葉が気になって、以後の話が聞けなかったのです。

 患者家族の捉え方は、性格が悪いから病気になった、と言うものであった。家の子は、性格が悪いので病気になった。そうしたら、その性格を治せば、病気が治る。そして、我が子に対するネガティブなフィードバックが起った。至らぬ所をどんどん指摘される。また、親の言う事をきかなかったら、性格が悪いからきけない、と言われる。まぁ、何でもかんでも、性格が悪い、先生もそう言っていた、って結び付けられていってしまう訳ですね。余りにも安易な発想に見えますが、性格の問題、と聞き、性格が悪い、と単純に思ってしまう人は結構多いのではないでしょうか。

 そんなこんなで家族からネガティブなフィードバックが毎日のように繰り返され、患者さんは、自分の性格が嫌いになっていきます。少し小ずるい所が好きだったのにそんな好きだった性格が自分を苦しめる、そんな風に思えば思う程自分が嫌いになっていきます。そして主治医への不信感が募っていきました。

 そんな或る日、「家族に、性格が悪いから病気になる、と言われる。先生が性格の問題なんて言ったから、家族、性格が悪いから病気になる、と信じ込んでしまった」と訴えました。ここで主治医は、良かれと思って言ったこと、逆に足を引っ張った、って気付いたんですね。

 勿論、性格の問題に関して家族の捉え方を修正したのですが、それにしても良かれと思ってしたことだったのにこんなことになるとは…。

カウンセリング・精神療法 カウンセリングの知識があるとアピールする人たち

 通信教育でカウンセリングを学んでいます、カウンセリングを市民講座で学びました、と言う方が時々来られます。そんな人の中に、自分はこんなに知識がある、高い評価を受けています等、世の治療者よりも知識やセンスや技術が優れていると言わんばかりにアピールする人たちがいます。時には、カウンセリングたるべきものは…、治療はこうあるべきではならない、こうしなければ治らない等と延々と語る人がいる。

 光が強く当たれば陰が濃くなると言う言葉があります。それだけ知識もセンスも技術もあるのに如何してここに治療して欲しいと来るんだろう、と言う想いが頭の中を一瞬かすめます。しかし、そんな想いはそっと心の奥に押しやります。本人がその理由を痛い程分かっているでしょうし…。敢えて触れません。 こんな場合、カウンセリングや精神療法を受けるに際しての不安がこうした言葉に現れており、そこに拘っていると考え、納得行くまで話してもらいます。私はひたすら傾聴。いつになったら本題に入るのか、と自分の問題に目を向けるまで、介入の機会を待ち続けます。

 言いたいことを話し終わると、その頃にはカウンセリングや精神療法を受けるに際しての不安が薄れて、本題が語られはじめるものです。

2008年9月26日 (金)

カウンセリング・精神療法 同業者に対するカウンセリング

 現役の医者や臨床心理士若しくはその学生に対するカウンセリング、これって結構、嫌なものです。出来れば依頼されたくない、と願っています。しかし、依頼は案外ポツポツとあったりします。

 実際のところ、やりにくくない場合が殆どですが、依頼が来ると、何かやりにくい気がするんですね。手の内を知られているのでやりにくいと感じるのでしょうか。この未熟者、と思われるのが怖いのでしょうか。同業者に対するカウンセリングの前夜は力が入ります。しかし、あれこれ思いを巡らしても仕方がないので、体調を整える為に十分に休息を取ります。

 でも、受ける方にだって気まずさってあるでしょうね。お互いに、気まずくない雰囲気を作るのに必死だったりして…

2008年9月14日 (日)

カウンセリング・精神療法 治療者にポジティブなフィードバックを返すのは大切な事

 治療者が自分のために頑張ってくれていると感じたならば、治療者に判る形で感謝の意を表すこと。歯の浮く様なことを言わなくて良い。心を込めてありがとうの一言を言うだけで良い。

 治療者にポジティブなフィードバックを返す事は重要だ。治療者に活力を与える。

2008年9月10日 (水)

発達障害 PMT(Parents Manegement Training) 家族の言葉

 発達障害は脳の機能の障害なので、治る事はありません。しかし、他の能力で補う事は可能です。

 軽度の発達障害の場合、こんな話を本人や家族にします。

 ある日、ある発達障害者の家族が、こんな事を語りました。

 実は、『親のための管理訓練』(PMT:Parents Manegement Training)を受ける内に、自分も不適応状態に陥って症状が問題化してないだけで発達障害だって気付きました。子どもと似たような症状があります。でも、考えてみれば、上手く出来ないことに直面して、試行錯誤して色々な工夫をして、それを身につけて行くと歳をとるに従って発達障害って楽になるものですね。自分自身、劣っている能力を他の能力で補って何とかしてきました。それで、随分楽になり、医療のお世話にならずに済んだと思います。

 多くの軽度発達障害者に何か希望の持てそうな話でした。ただ、上手く出来ないことに直面した時、試行錯誤して自力で色々な工夫をするのは難しい場合もあります。そう言う時は、理解して関わってくれるサポーターに手伝ってもらうと良いかもしれません。

【関連blog】
 発達障害 PMT(Parents Manegement Training) 家族の言葉
 発達障害 『親のための管理訓練』(PMT:Parents Manegement Training)をして欲しいと感じている家族は多いが…
 成人期の発達障害 受診をしたがらないケースは如何したらいいの???
 『親のための管理訓練』(PMT:Parents Manegement Training) 家族に対する私のセラピー
 ADHDとADD 『親のための管理訓練』(PMT:Parents Manegement Training)について

2008年9月 4日 (木)

カウンセリング・精神療法 希望を処方する

Photo  精神科医・中井久夫先生が、『治療文化論』を出版する前の事だったと思う。中井先生が講師を務める芸術療法関連のワークショップを申し込み、受講することになった。超人気の精神科医のワークショップだけに人気は高く、受講出来たのは幸運だった。ワークショップ当日、楽しみに出かけたが、中井先生は現れることはなかった。怪我の為、急遽、弟子の山中康弘先生に講師が変更になった。山中先生の話も良かったが、中井先生の話が聞けなかったのは残念で仕方がなかったのを今も覚えている。

 数年前、中井先生が講演会すると言う情報を貰ったので、早速申し込んだ。その時は、年齢が年齢なんで最後の講演になるかもしれない、と言う噂が流れ、申し込みが殺到し、見事に漏れてしまった。

 そんな訳で、あの機会を逸して以来、お会いする機会すらない。仕方がないので、専ら著作を通し先生に接するのみである。

 何で読んだのか忘れたけれど、中井先生の言葉に、『治療で何よりも大切なのは希望を処方する』と言うものがある。障害を背負い、動揺して、見通しの持てない状況に陥った患者さんや家族に見通し(希望)をもってもらうことが治療では一番大切と言う事なのだろう。そして、患者さん・患者さんの家族・治療者が歩調を合わせながら信頼関係を作り上げ、障害を背負いながらも将来にに見通しが持て、適応・再起が出来る障害受容の過程を円滑に進める事こそが、希望を処方することと言たいのではなかろうか。

【役に立つ本】
 小さな贈り物―傷ついたこころにより添って
 臨床瑣談
 こんなとき私はどうしてきたか (シリーズケアをひらく)
 治療文化論―精神医学的再構築の試み (岩波現代文庫)
 精神医学的面接
 柔らかなこころ、静かな想い―心理臨床を支えるもの

【関連blog】
 障害受容のプロセス'

2008年8月17日 (日)

カウンセリング・精神療法 表情は言葉以上にモノを言う

 顔色を窺う、と言う言葉に代表されるように、古来から顔の表情から感情を察する事は、比較的容易である、とされてきました。表情と感情は結び付きが強く、原始時代においても、現代においても言葉と同じ様にコミュニケーションの大きな手段となっています。そして、表情の方が言葉よりも無防備で、相手に言葉以上に強烈なメッセージを早く送ります。

 或るタイプの人は疲れている時等に、怒ってもいないのに怒っているかのような表情をします。そんな表情を見て、周囲は緊張し、その人を避けます。更に、そんな周囲の振る舞いを見て、無視されていると感じて本当に怒ってしまいます。周囲はやっぱり怒っていたんだ、と学習し、その人の表情に敏感になっていきます。あああ、悪循環なのですが、当の本人は、周囲は自分の顔の表情から感情を察しているなんて知りません。

 そんな時、どうかしたの???、と言う声掛けが、必要不可欠だったりします。そして、怒っていないようであったら、怒っているようにみえたから…、なんて、やんわりと起こった顔つきしていたよ、とフィードバックを返します。もしも怒っているのであれば、それはその時その場で考えて、対応します。慣れているとは言っても、いつになってもこう言う場面では緊張しますが…

2008年7月28日 (月)

カウンセリング・精神療法 怒るのも程々に

 心理のセッション(面接)は、予約制である。いきなりやって来て話を聞いてくれ、と言われても、お断りしている。その時、偶然にも空き時間だったとしても、お断りしている。余程の事がない限り、セッションの時間や間隔は固定させている。

 先日、予約を巡るトラブルがあった。セッションに1時間遅れて来室した患者さんがいた。既に次の患者さんが入っている。セッション開始時点に設定していた予約時間を確認した上で、もう予約時間を過ぎてしまっているので今日は無理です、と次回の予約日時と一緒に丁寧に返した。
 すんなり了解してもらったと思いきや、予約通りに来たのにダブルブッキングをされて自分は今日セッションを断わられたと手帳を見せて怒りに怒って帰っていった、予約の設定はしっかりとして下さい、と神科外来より連絡が入った。こちらのノートにも、電子カルテにも変更の記載などしていない。???、何だか状況が飲み込めない私。ただその患者さんは怒っている。精神科外来の看護師の話では、尋常ぢゃない程の怒りっぷりで、帰ってもらうのに苦労したらしい。

 何故こんな行き違いが生じたのか。私の側に原因であれば謝罪と再発防止に努めなくてはいけない。そんな気持ちで頭が一杯だったが、電子カルテを辿っていく内に原因が判明した。主治医が診察時間と勘違いして、次の心理のセッションの時間を確認したようだ。しっかりと記録がしてあったので、診察の時に主治医がその患者さんに謝罪をした。そして、主治医から改めて次回の心理セッションの確認がなされた。しかし、あれだけ私を非難した手前、顔を合わせる事が出来ない、との事で終了を選択された。

 失礼な事をされた、と怒る事は必要だが、し過ぎるのは禁物。相手を許すと言う事が必要の場合が圧倒的に多い。怒るのも程々に。

2008年7月27日 (日)

カウンセリング・精神療法 患者さんの話を大切に扱う事 その①

 病棟の若い看護師を中心に入院患者さんに積極的に関ると言うことで、病室に出向き相談相手を務めている。技術的なものは殆ど皆無ではあるが積極的な姿勢と言うのはとても好感が持てた。それなりに患者と看護師との良い二者関係が生まれ、一定の成果と言うのが現れていた。

 しかし、最近は以前ほど成果が現れない看護師がちらほら出始めた。病室まで出向き相談相手となる事で良い二者関係が生まれ一定の成果が現れた事で、舐めて掛かったのだ。患者さんが話を終えない内に、こう言う事が言っているんですね、って具合に勝手に話を切ってしまうのだ。話を聞いてもらう側としては勘弁して欲しい行為である。

 最後まで話をじっくり聞く看護師と話の途中で勝手に話を切ってしまう看護師が存在するようになり、話の途中で勝手に話を切ってしまう看護師が敬遠されるようになったまでのことなのだ。患者さんは相談して答えをもらう事より、じっくり話を聞いてもらう事でスッとしていたのだろう。

 生前、河合隼雄さんが、相手の話を大切に扱う(聴く)と言う事は話している人を大切にすると言うことです、慣れてくるとついつい相手の話を大切に扱わなくなってしまうので注意しましょう、大切にしないと患者さんはその内大切な話をしてくれなくなる、と言っていた。まさにその通り。慣れてくるとついつい基本的なところが抜け落ちてくるものだ。自分は本当に大丈夫なのだろうか。抜け落ちていないだろうか。看護師の失敗を見て、自分を戒める機会となった。

2008年7月20日 (日)

カウンセリング・精神療法 カウンセリングによる変化を思い止まらせるもの

 極端に言えば、カウンセリングと言うのは、しんどいものを背負いながらどうやって生きていくかを考える(自分を変える)作業である。この作業は大変なので、カウンセリングを受ければ現在抱えている問題や病気の症状が解決される、と言うものではない。


 このカウンセリングと言う自分を変える作業には、色々落とし穴があり、幾度も登場してくる。目に見えさえすれば避けて通る事も出来るかもしれないが、目に見えない事の方が圧倒的に多い。落とし穴の多くは、頭の中のイメージに過ぎないけれど、患者さんは恰も真実であるかのように錯覚して体験してしまう(これは、患者さんが障害を持っているから生じるものではなく、人間として正常な反応である)。こうした落とし穴の存在に気付き、落とし穴を避けて通れるようになれてくると、変化が現れ易い。

 この落とし穴の多くは、新しい課題にチャレンジする際に恐怖心と結び付く事が多い。よくあるものとして、失敗したが怖い(落ち込むのが怖い)、上手くいった時に更なる苦難が待ち受けているのではないか(今後もこんな苦しい事の連続ではないのか)、と言った類のものが多い。何れもチャレンジする前に先読み・深読みと言う形で現れ、変化を思い止まらせようとする。厄介な事に、こんな落とし穴にはまってばかりいると、どんどん変化を拒む体質が出来上がり、不満足ながらも現状に甘んじることになる。そして、葛藤状態に陥りながら、安易な解決法を求め続けるのである。

 抱えている問題や病気の症状と付き合っていくのには、時間も労力も掛かる。なかなか安易な方法で何とかなると言う訳には行かないので、変化を思い止まらせる落とし穴をどのように対処していくか、治療者側の工夫や治療を受ける側の根気が要求されるのだ。

2008年7月16日 (水)

精神科 診断名は必要なのか???

 診断は治療し易くするため、障害を選別する作業である。診断を確定させる事で大まかな治療方針が決まる。細部についてはいの、診察等を通して微調整していく。また、診断名を通して、その人の障害を理解する手段として利用する。すると、理解が進む。

 ただ診断の意味が分からない人や退行している専門家は、診断名を見ただけで、診断を受けた人にラベルを貼り、障害に対する深い理解をせぬまま症状を決め付けてしまう。これではまともな関わりは難しい。そんな訳で、本質さえ理解出来れば診断名なんか必要ないと言う議論が起こったりする。実際は、本質を理解する為には、診断名があるが故に、症状に関する情報を整理してみる事が可能になる。よって、必要だと思うのですが…

2008年7月14日 (月)

カウンセリング・精神療法 長いスパンと短いスパン

Photo  治療経過と言うのは、常に状態が右上がりで症状が改善していくとは限らない。なかなか改善されずに横ばい状態であったり、一寸した事で躓いて一時的に調子を崩してしまう事(症状が再燃したり、気持ちが揺れる)だってある。一進一退を繰り返しながら、改善していくことの方が圧倒的に多い(図は1例に過ぎないが、こんな感じの経過を辿る)。治療途中に一度は、一寸した事で躓きがあるのが順調な回復だなんて思う程である。しかし、一部の人の中にはこうした経過を知らない人達がいる。治療経過の一部のみに着目して、調子が良くなった、悪くなった、と一喜一憂する。

 或る家族は、患者さん以上に家族が治療経過の一部のみに着目して、揺れる。目先の状況に捉われ過ぎて、治療の進行具合を見失う。家族は、この患者さんの振る舞いに不調の兆候が少しでも感じると、治療が拙いからこんな調子になる、医療に掛かったが故に調子が悪くなった、と言う。これまでの治療経過を見ると、誰もの目にも症状の改善は一目瞭然だが、所構わずこんなことを言う。確かに短期的にみれば、ご尤もな評価であるが、所構わず言うのは反治療的である。それと、症状の改善と言うのは、長いスパンから判断するものであって短いスパンで判断するものではない。

 心理のセッションをする際、治療経過と言うのは、常に状態が右上がりで症状が改善していくとは限らない。なかなか改善されずに横ばい状態であったり、一寸した事で躓いて一時的に調子を崩してしまう事だってある。一進一退を繰り返しながら、改善していくことの方が圧倒的に多い。目先の事で一喜一憂するのではなく長いスパンで判断していきましょう、と伝えるのだが、なかなか理解してもらえないケースもある。このように小さな出来事で家族が揺れ、治療者に対する批判が噴出してくると、そんな親の姿を見た患者さんも揺れ、治療が難航することが多い。無関心も良くないが、細かい事にうるさいと言うのも困ったものである。