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2010年1月21日 (木)

訪問 底なし沼の家

 発達障害の患者さんの支援として訪問を積極的にしていたら、有効である事に気付きました。そして今では、業務の中の1/5位が訪問。持つべきものは国家資格です。精神保健福祉士であるために訪問すると保険請求が出来ることが強みです。臨床心理士の資格だとそうはいきません。

 訪問には1時間は時間をかけます。患者さん以外に家族とも話をしたりします。内容は、障害の事や家族関係の事が中心。診察室や心理室とは違った側面が見られます。ついつい患者さんや家族の地が出てしまう事も多く、関わりどころが満載です。気を抜いてしまうのでしょうね。また、家では安心感が感じられる分、話の纏りが良かったりします。こちらもついつい熱心に話に耳を傾けてしまいます。

 ただ、話を聞いて欲しいと望んでいる家族の場合、予定時間を大きく超過することも。時間になりました、終わりです、とは言えないので、こちらも切るに切れなくって焦ります。こうした家の事を、入ったら出るのに苦労することから、『底なし沼の家』なんて冗談半分で呼んでます。使い方は、話が弾んでしまって足を踏み入れたら出るのに苦労する、まるで底なし沼みたい、今日はこれでおしまい、って具合に帰り間際に。

 そんな事も予測しながら訪問のスケヂュールを立てているので、実際は全て想定内ですけれど…

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コメント

ご苦労様です。

AS当事者の話、特に療育の話を聞いていると、当人よりも家族の親や兄弟の方が大変だな、ケアがあると当事者への対応に余裕がでて、効果があるのになと感じることがあります。そういうケースほど「底なし沼」状態なんでしょけど。

保険請求ですか、、、ペイしないと長続きしませんものね。

ウチも底なし沼の家でしょう。
話すことで自分が落ち着き、「どうしよう」から「どうしたらいいか」に考えを進められるようになるだろうし。
そのためには始めに戻りますが、誰かに話を聞いてもらう必要があるのかなと私の場合はそう思います。

ヒゲ達磨様
 仰るとおりです。
 底なし沼の家では、家族が大変なケースばかり。家族も発達障害なんてことも多いです。時間をかけて関わり、家族が安定すると本人が安定するので、訪問は必要な医療行為だと考えています。以前は、勤務先全体で、そんな無駄なことは止めておけでしたが、最近は理解してくれる人が増えてホッとしています。

エンデ様
 訪問では、家族トレーニングもします。なかなか有効な家族には有効なんです。見通しが持てるようになるのが大きいと思います。この手の訪問をしてくれる専門家が増えると、いいなぁ、と思います。

初めてコメントさせて戴きます。決して気分を悪くされません様に。私はADHDであろう(判定中)息子の母です。貴方様のブログの中に保険適応でとか底無し沼、黒いお菓子との記事で少し辛いなぁ〜と感じました。後ろめたいではなく「こちらも真剣に聞いてませんから」と言って下さった方が未だマシかなと、勿論、職業上で誰しも色々ありますし、ご苦労され尊敬すべき所もありましたが、何処か冷酷さを感じました。これから息子に療育、通級をと考えている立場から、実際は弱者を支えるお仕事の方もあくまでも仕事なんだと残念でした。綺麗事、純粋だと言われてしまうかもしれませんが、必死で生きている私には辛すぎる現実でした。

でぃーちゃん様
 どこまで医療の現状を把握して、どこまで記事の内容を理解してコメントされているのか、よく分からないので、正直、戸惑ってしまいます。単語にだけ反応されていらっしゃるところにも同様の戸惑いを感じます。私の拙い文章がこんな状況を招いたのでしょう。

 さて、保険適用の件は、国の医療費削減施策の中、殆どの医療機関は保険請求出来ないような業務は極力しない、若しくは、有料サービスで実施すると言う選択をしています。例えば、保険適用されると、精神保健福祉士・看護師等の有資格者が行う精神科訪問は600円程度(臨床心理士のような無資格者の場合、保険請求出来ません)。有料サービスでは、その10倍以上。サービスの継続をすると、有料サービスだと裕福な人でないと生活を圧迫してしまいます。それ故、保険適用か否かは重要な問題です。保険適用で安価なサービスが受けられることは障害を抱えている人には重要な事です。尚、良心的な医療機関(???)は、保険適用出来る様に色々と工夫しています。

 それと、黒いお菓子の話は、私自身が断わりきれずに受け取らざる得なかったお菓子のことを『後ろめたいお菓子』と呼んでいただけなのですが…

ありがとうございます。仕事に熱心でよく研究されているのも分かり我々も参考にしたり、大変嬉しい情報でもあります。しかしどの様な理由で後ろめたいのか(それ程熱心なら後ろめたくないかと)?どの様な理由で底無し沼(本当は短時間づで済ませたい?)と呼ぶのか?先に何時まで時間があると言えば良いだけの事では無いのでしょうか?多忙な時間の中で一時間しかなければ、時計をチラチラ見たり間接的に多忙なんだと言われるよりは初めにキチンと伝えるべき事で相手にも理解してもらえると思うんです。気にかかるのは、そんなネーミングを付けて沢山聞いて貰いたい気持ちを制御されたらかえって辛いのではないか?それこそ発達障害の方に雰囲気で察してくれとは無理ですし。ネーミングって相手にとっても楽しい事であってほしいと思います。

でぃーちゃん様

 医療機関では、心付けを禁止にしているところが増えています。私の勤務しているところでもそうなっています。その為、常にお断りしています。それでも、断わりきれずに受け取る場合も時々あります。そんな時、私は後ろめたい気持ちになります。後ろめたいについては、分かって頂けましたか。

 訪問に関しては、発達の方の多くは、思いを簡潔に話すのが苦手なので、出来る限り長く話せるように時間を作る事に必死です。時間については、当然の事ながら最初に終了時間を告げます。勿論、終了時間が近づくと、話を終息させるように誘導していきます。時間になったので話の途中ですが終わりです、とは言えません。こんなやり方をすると、悶々とした気持ちを生じさせてしまうので、切りの良い所で終わらせるようにします。不安などが高い家庭に出向くと、往々にしてこう言う問題が生じます。時間が大幅に超過してしまった、と言う状況を、相手の了解の下、入ったら出るのに苦労することから、『底なし沼の家』と言っています。相手との間で意味の共有が出来た上で使っている言葉です。この言葉を交わすもの同士、楽しくこの言葉を利用させてもらっております。発達の方からも、今日も底なし沼に堕ちたね、なんて言われますよ。

 もしかしたら、その時その場で意味の共有が出来ていないと、これらの遣り取りの理解が出来ないのかもしれませんね。

ご回答ありがとうございます。双方が了承している事に色々口出しするつもりはありません、医療の仕組みに付いても素人で理解不足な所がありました。こちらの状況は初めての出来事に戸惑い何をどうしたら良いのかさえ困惑した中で、情報収集し、次の手を打たなくてはなりませんでした。日本におけるカウンセリングとやらはどうなんだろう?素人には費用対効果について、今一分かりづらく、対人間である故に合う合わないや少しでもこちらの意に添わないと物産では無いため、効果のレベルや選択の基準がわからないので、理念や感覚だけで判断しなければなりません。こうして神経を使うのは子供の事であり、繊細な部分だからこそ、慎重に考えなくてはならなかった為です。色々ご説明下さいましたので良く分かりました。そして所謂良い先生に当たるのも時の運でしょうし、それで良しとするのも自分の度量の部分もありますし、考えて答えの出る事では無いのかもしれません。

でぃーちゃん様
 仰る通り、私も良いサポーターに当たるのも時の運だと考えています。子どもを対象に関わってくれるサポーターは成人よりも多いですし、制度も色々あります。良いサポーターに出会えると良いですね。

 参考にはならないかもしれませんが、大切にしてくれるサポーターは大切にする事。大切に関わってくれるサポーターが良いサポーターだと信じています。

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